ANYONE FOR BICCIES?

ビスケットのお話

エイトリアムのオフィスには濃い目の紅茶を入れたサーモスと、牛乳と、ビスケット缶が常備されている。紅茶は1.5リットルの熱湯にセイロン2袋とアールグレー1袋で抽出したもので数時間ごとに作り替える。ミルクは低温殺菌牛乳が好ましいが消費量が馬鹿にならないため安い牛乳で我慢してもらう。週に6箱=6リットルもの牛乳が紅茶のためだけに消えて行くのだから。

A Cuppa?

先生達がオフィスに着くとまず最初にすることが紅茶をなみなみとマグカップに注ぐことだ。その時部屋に誰かいたら必ず声をかけることを忘れない。「a cuppa?」 「a brew? 」「a cuppa char?」インフォーマルな言い方だが、いずれも「a cup of tea?」(紅茶はいかが?)の意味だ。ちなみにオーストラリアでは「a brew?」と言えば「beer?」のことである。
「lovely」と応えればYes, pleaseということ。なんともイギリス的でアットホームな光景である。そして、紅茶をカップに注げば自然と手はビスケット缶に伸びる。「anyone for biccies?」(ビッキー(ビスケット)食べない?)

イギリスのスーパーマーケットに並ぶ種類豊富なビスケット

日本のスーパーマーケットで買えるイギリス人好みのビスケットといえばマクビティブランドのダイジェスティブビスケットくらいしかないが、そのパッケージは年々小さくなり続け、今では一箱に3枚ずつ個別包装されたものが3袋、つまりたったの9枚しか入っていない。もちろんビスケットをたくさん食べる習慣の無い日本人の口に合わせたわけだが、これでは毎日一箱買ってこなければ間に合わず、包装代にお金を払っているような気さえする。

国民的お気に入り「カスタードクリーム」

ダイジェスティヴビスケットの故郷イギリスでは、「チョコレート」ダイジェスティブのみで毎秒52枚の計算で人々の口に入るという。国民的お気に入りとされるのがヴィクトリアンバロックのレリーフをあしらったサンドイッチ型のビスケット「カスタードクリーム」だそうだ。イギリスのスーパーマーケットの一角はこの他、リッチティー、ホブノブ、ジンジャーナッツ、ブルボン、ジャファケーキなどなど、種類豊富なビスケットであふれている。

日本でもイギリス大手のスーパーマーケットが経営するテスコエクスプレスでテスコブランドのビスケットが手に入る。しかしながらテスコとは名ばかりのつるかめランドでは、幅狭のラックにイギリス人がサバイバルできる程度の最低限のものしか置いておらずなんとも寂しい限りだ。

元は船乗りのためのビアの友だったビスケット

ヨーロッパのビスケットは薄くて甘くてソフトな、いわゆる上品なものが多い。イギリスのものは硬めで麦を噛むような素朴な味がする。これは元はと言えばビスケットが16世紀イギリスの船乗りのための食べ物でビアと一緒に供給されていたことに始まる。それが19世紀にイギリスが誇る紅茶の友となって世界へ輸出された。どこでどう変わっていったのか、ロシアではスポンジケーキのことを言い、アメリカでは見たところスコーンにも似たパンのことを言う。(日本ではケンタッキーフライドチキンで買うことができる。)イギリス人言うところのビスケットはアメリカではクッキー(オランダ語源koekje)なのである。チーズの友としても欠かせないダイジェスティブビスケットの名の由来はdigestive(消化に良い)から来ており、これはその昔ソーダに消化を助ける働きがあると信じられていたためで、のちにソーダにはその効能が無いことが明らかになったのだが名前はそのまま残された。誤解を招く類のものは全てタブーなアメリカではこの商標は使えない。

ビアとデザートに限っては手厳しいイギリス人

イギリスへの土産に日本の大手菓子メーカーが製造するようなビスケットは持っていかない方がいい?とは先生からのアドバイス。ドイツへの土産に日本のソーセージを持っていくようなものだそうだ。とは言え北海道産の菓子に関してはなかなか評価が高かったりする。オイルやバターの質が違うそうで、甘めではあるがイギリス人の好みに合うようだ。食文化を決して誇るチャンスのないイギリス人だが、こと「ビア」と「デザート」に関する限り「通」ぶりを発揮するのは当然のこと。ウィートと乳製品で育った人々である。イギリスではビスケットの種類や質の良し悪しが商談の成果を上げるという調査結果まで出ており、ビジネスにおけるビスケットの重要性についてマジメに語られているくらいだ。中でも法律家は最もこだわるらしい。ビスケットは女子供のおやつとあなどるなかれ。
近頃輸入食品店で英マクビティ社の日本では見慣れないビスケットをみつけたので缶に入れておいたらオフィスはすっかりその話題でもちきりになってしまった。前述のホブノブというオーツ麦のビスケットらしい。ホブノブとはおもしろい名前で、語源は have or not have = give and take  自分よりも肩書きや階級の上の人と「付き合う」= hang around することをhobnobbingと言う。He’s hobnobbing with his boss.
さて、紅茶をすすりながらホブノブを頬張りながら彼らは語らうのである。ビスケットを紅茶に浸してから食べると旨いとか、バターの量がどうとか、ウィートの種類、どのブランドのどのビスケットがおいしい、どのスーパーマーケットがお気に入りか、果ては子供の頃の思い出話にまで行き着いた。こんな風にビスケットの話なんぞ延々とできる男性はイギリス人くらいなものだろう。これが良い仕事の成果に結びつくことを期待するのだが。

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