イギリスの国民食「カレー」
エイトリアムでは、英国の味を試食する「Taste of Britain」を秋に行う。それに先立って英国の味とは何かリサーチしてみると、Fish and Chips, Roast beef, Shepherd’s pieなどのパブで味わえるメニューに並んで、意外にも「カレー」がnational food(国民食)としてランクインしているのである。意外というのは、カレーが好まれていることを指しているのではなく、誰もが国民食という認識を持っているということだ。
イギリス人がいかにカレー好きであっても元はイギリスの食ではないだろうと思ってしまうのだが、日本のカレーが明治時代にイギリスからもたらされ日本独自の食となったように、イギリスのカレーも大英帝国時代にインドから伝わって、イギリスの食として発展していった。イギリス国民にとってのall time top dish(常に愛されている食事)であり、毎年10月にはブリティッシュカレーアウォードが開催されるくらいnational foodとして定着している。このアウォードからの経済効果は£5bn(7500億円)と言われるくらいだ。ちなみにロンドンにあるインディアンレストランの数は、インドの首都デリーとムンバイを合わせた数より多いのだとか。イギリス国内にあるチャイニーズレストランの2倍もあるのだそうだ。
インディアンレストランのメニューに必ずあるChicken tikka masalaチキンティッカマサラは、トニー・ブレア政権時代の外務大臣ロビン・クックが国民食であるとして主張したくらいまぎれもなくイギリス産のカレーである。チキンをスパイスとヨーグルトで和え、タンドールという釜で焼き、マサラ(ミックススパイス)ソースで仕上げる、とてもクリーミーなカレーだ。発祥はスコットランドのグラスゴーとも言われるが定かではない。
カレーの語源はタミル語のKARIで、元々は薄いスープのようなものだったらしいが、イギリス人の手が加わって濃いシチューのようなものに変化したと言われている。イギリスによる貿易が世界にスパイスを広め、メキシコや南米から入手したチリペッパーがインドに伝わると、カレーとチリペッパーはその相性の良さを発揮してたちまちカレーは多様化する。
イギリス東インド会社(1600~1874)がインドを統治下に置いていた時代、副業で富を手にしたnabob(ネイボッブ)と呼ばれるインド成金が生まれ、彼らはイギリスに帰国する際インド趣味と共に、料理人も連れ帰った。カレーはインド滞在経験のある高官や軍人などの裕福な層の間で好まれ、当時はロンドンのコーヒーハウスで食することができたと言う。真っ白なテーブルクロス、輝くような銀食器に盛られたカレーとライス。片腕に白いクロスをたらしたインド人給仕。正装したイギリス人がこの異国の味に恍惚としながらスプーンを口に運ぶ様が目に浮かぶようである。思えば、日本でもホテルや老舗のレストランでカレーソースはステンレス製の魔法のランプのようなgravy boat(グレービーソースを入れるポット)で出てくるのが一昔前までのイメージであった。20世紀初頭にかけて7万もの南アジア人、主に給仕、生徒、海兵などがイギリスへ渡り多くのインド料理店を営んだといわれているが、第2次世界大戦後には多くのインド料理店はもっとカジュアルに、カレーは庶民の手の届くものとなり、パブが11時に閉店すると人々はカレー店へ向かうのが習慣となったのだそうだ。ちょうど日本人が飲み過ぎた後にラーメンを食べに行くのと同様に。
今や、カレーを食べたいと思うと、どこのカレー?と迷うほどチョイスがある。各種スパイスに始まり、ヨーグルト、ハーブ、小麦粉などなど、各国人の好みの材料を駆使してカレーくらい独自に変貌を遂げた食もないのではないか。おそらくカレーはどの国の誰にとっても特別なnational foodに違いない。